第一章
長男の起点 by 川田十夢
もっと兄弟みたいに仲良く喧嘩でもしながら、アイデアをフェアに出し合って仕事できたらいいのに。十年働いた会社でふと思った。そのときの僕は、入社時に自分で立ち上げたオルタナティブ=デザイン部という部署の責任者で、ちょっとしたベンチャー企業の創業者的な雰囲気があった。開発したものが雑誌に掲載されたり、コンペで賞を受賞したり、プロダクトに関する特許を発案・取得したり。社内評価もある程度得ていた。一方で、自分の指示の通り部下が動き、それ以上でも以下でもない成果物を出してくることに辟易していた。指示する立場には、自分の料理を自分で味見し続ける類の地獄が待ち受けている。次のフェーズへ向かうためにあるアイデアを実行してみることにした。部下を弟に昇進させて以降は兄弟として行動をともにしてゆくという妄想だった。部下だと許せない失敗も、弟であれば笑って許せるのではないか。上司だと遠く感じる存在も、兄であれば尊敬しつつも少しムカつく部分がよく作用して、結果的に忌憚なく意見できるのではないか。
次男に任命したのは高木伸二という男で、会社に入ってからの半年くらいはカメラの前で尻文字を書き続けさせた。SiriMo(シリモ)という、文字入力すると尻文字に変換してくれるという結局発表することもなかったサービスを開発するためだったのだが、とくにくわしい説明は当時しなかった。入社するやいなや本体の部署とは離れた部屋でひとり、尻文字を書き続ける狂気に耐えたのは大きい。入社するまえの面接で、スケートボードの映像を見せてくれたのも採用の決定打だった。かっこよくギミックの成功例をまとめるパートとは別に、スケーターであればあんまり見せたくないであろうNG集も最後にまとまっていた。創意工夫とユーモア、次男に相応しい才覚だった。三男に任命したのはオガサワラユウという男で、採用当時はまだ学生だった。大学の課題でゲームを作っていたのだが、そのゲームが秀逸。下半身丸出しの主人公がパンツとズボンを探しにゆくアクションRPGで、音楽も自分で作っていた。まだそんなに流行ってなかったYouTubeでオガラップという独特な映像を公開していたり、とにかく才能の塊だった。この二人を兄弟にすることで、未知なるクリエイティブ領域に挑戦できると確信していた。
AR三兄弟というユニット名はすでに決めてあった。ARという当時まだ目新しかった技術用語と、身近だけど実際には周りにそんなに存在しない三兄弟という言葉の連立。最初に思いついた十個のネタを実装して発表する頃には、いろいろな種類の仕事が舞い込んでいた。白衣とカクメットのユニフォームも早い段階で決めた。三人が同じ格好をしているだけで、ユニット感はましましになる。妄想を形にして一年間で会社から独立、以降十五年間もの間、仕事のオファーが一度も途切れたことはない。この論考は、長男が起点となった妄想をどんな温度感で次男が運用してきたのか。三男はどうやって三兄弟を離れたりまた戻ったり続けたりしているのか。兄弟リレー方式で筆者を変えながら明らかにしてゆこうと思う。
第二章
次男の温度感 by 高木伸二
ある日、会社に出社すると、自分の机の上にひとつの名刺が置かれていた。その名刺には「AR三兄弟 次男 高木伸二」という文字が印刷されていた。
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