人類最大の妄想「空を飛びたい」
今は無理だけれども、こんなことができたら便利なのに。
自分の手で、今の常識を超えるものを作り出したい。
人類発展の大きな原動力になったのは、人々のこのような妄想だ。
太古の昔から、人類の最大の夢は「鳥のように空を自由に飛びたい」でした。
おそらく、数百万年前に人類の祖先が初めて登場した時から願っていたでしょう。旧石器時代の祖先も、マンモスと戦いながら「空から攻撃できれば、もっと狩りが楽になるのに」と思っていたに違いありません。
けれど、残念ながら文字の発明前なので、詳細な記録は残っていません。
古代の人たちの「空を飛ぶ夢」が語られたものの中では、ギリシア神話のイカロスの話が有名です。ギリシア神話の成立は紀元前15世紀頃と見られています。初期は口承され、紀元前8世紀頃からは文字記録も残されるようになりました。
イカロスの神話は、このような内容です。
牛頭人身の怪物ミノタウロスの住む迷宮の攻略法をアリアドネーに教えたことで王の不興を買ったダイダロスとその息子イカロスは、塔に幽閉される。ダイダロスは腕の良い大工だったので、鳥の羽根を蜜蝋で固めて人間用の翼をつくり、脱出を試みる。
ダイダロスはイカロスに『羽根をくっつけている蝋は、海面に近づきすぎると湿気でバラバラになる。太陽に近づきすぎると熱で溶けてしまう』と忠告する。しかし、イカロスは自由自在に空を飛んでいるうちに太陽にも到達できると考えて、太陽神ヘリオス(アポロン)に向かって飛んで行く。その結果、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。
この話は、後世の人が「科学技術への批判や人間の傲慢さを戒める意味合いが含まれている」と解釈しています。
けれど、悲しいかな、問題はそこではありません。
「ヒトは腕の力だけで体を浮かせるには重すぎる」のです。
このお話では、イカロスがうまく飛べなかったのは蝋が溶けたせいとされていますが、超軽量金属をハンダ付けして人工の翼を作ったとしても「無理なものは無理」だったでしょう。
それでも、鳥のように羽ばたけば飛べると考える人は後を絶ちませんでした。バードマン、タワージャンパーなどと呼ばれた勇猛果敢な素人は、世界各国、長年にわたって出現し、ある者は命を落とし、ある者は大怪我し、ほんの少数が奇跡的に無傷で着地しました。
「どうやら人間が人力で空を飛ぶためには、手の羽ばたきでは無理のようだ。ならば、カモメやトンビのように翼を広げたまま空を舞えばよいのではないか」
ようやくそのような考えに至り、科学技術を駆使して実践しようと考えたのが、「航空学の父」と呼ばれるイギリスの工学者ジョージ・ケイリー(1773-1857)です。
羽ばたきをせずに、翼を広げたまま空を滑るように飛ぶことを滑空と言います。後の研究で、滑空飛行は少ないエネルギーで長距離を飛べることが分かりました。ただし、高度を保つのが難しいため、滑空中の鳥は上昇気流を上手く利用しています。鳥の多くは「羽ばたき飛行」と「滑空飛行」を使い分け、効率的な飛行を行っています。
ケイリーは、羽を広げた形のままの固定翼を使った有人グライダーを考案し、1804年頃までに模型の試験飛行を成功させました。その後、ドイツの技術者であるオットー・リリエンタール(1848-1896)は固定翼のグライダーで飛行実験を繰り返しました。1891年には25メートル程だった飛距離が93年には250メートルになりました。
リリエンタールの記録に触発されたアメリカの自転車屋のライト兄弟(兄ウィルバー1867-1912、弟オーヴィル1871-1948)は、初めはグライダーで飛行実験していましたが、その後、動力付き飛行機の開発に注力し、1903年に12馬力のエンジンを搭載したプロペラ飛行機で人類初の有人動力飛行を成功させました。
このように「人が空を飛ぶ夢」を叶えたのは、たかだか100年前のことです。もっとも、500年前に後世で実現された人力飛行機の設計の詳細を妄想していた「飛行史の特異点」と言える男がいます。「モナリザ」や「最後の晩餐」の絵画の作者として名高いレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)です。
飛行史の特異点「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
レオナルドは15世紀の後半に、鳥の骨格や筋肉、飛び方を徹底的に調べたり、スケッチを繰り返したりしていました。その結果、「人の飛行は腕の力のみでは無理だ」「揚力を得るためには翼の形(湾曲)が大切だ」という結論に至り、実現可能と思われる飛行機械を設計しました。彼のすごいところは、自分が設計した飛行機械は当時の科学技術(素材)では重くなりすぎて作成が難しいことも理解していたところです。
レオナルドが考案した著名な飛行機械は、「エアスクリュー(ヘリコプター)」「羽ばたき機」「パラシュート」「グライダー」の4種です。
彼は、ヘリコプターの原理を最初に考案して図示した人物とされています。そのため、ヘリコプターの日(4月15日)はレオナルドの誕生日が選ばれています。
レオナルドが書き残したヘリコプターの図は、螺旋状の翼を脚力で高速回転させ、空気を押し下げて空を飛ぶものです。現在は、レオナルドのヘリコプターは回転翼の反力が考慮されていないため、機体がくるくる回ってしまってうまく飛べないことが分かっています。けれど「脚力を使った人力ヘリコプター」というアイディアは、4枚のプロペラを回す形に修正することで、2013年にトロント大学の研究チームが成功させています。
レオナルドの羽ばたき機は、脚力を動力源とするのと、鳥の観察を活かして湾曲やキャンバー(翼の中心線と翼弦線との差)までこだわり抜いた翼の形が、当時としては画期的です。似た原理の飛行機械はトロント大学で2010年に試作され、飛行試験に成功しました。
中世では、「高所から降りるとき、布を広げれば怪我をしないだろう」と考えてチャレンジする者の多くは、木枠に丈夫な布地を貼り付けたものを使用しました。レオナルドはピラミッド型に布を張り、空気をより溜め込めるようなパラシュートを考案しました。当時、試験に成功していたかは定かではありませんが、2008年にスイスの男性が最新の素材でレオナルドのスケッチどおりパラシュートを作り、高度600メートル地点で開いて着地に成功しています。
さらに、レオナルドは固定翼で滑空するという概念を、ジョージ・ケイリーよりも300年前に既に持っていました。ヘリコプターのときと同じく、飛行を安定させるために別の翼を付けるというアイディアは持ち合わせていませんでしたが、現代のハングライダーの基礎となる設計を考案していたと言えるでしょう。
100年前の人が妄想する「西暦2000年」
飛行機械について数世紀も先取りした妄想をしていた天才レオナルド・ダ・ヴィンチに対して、リリエンタールやライト兄弟が現れた100年前の一般人は、空を飛ぶ夢をどのように妄想していたのでしょうか。将来は、誰もが飛行機で自由に空中散歩できる時代になると考えていたのでしょうか。
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19世紀末のフランスの商業画家、ジャン・マルク・コテは、紙たばこやチョコレートの「おまけカード」の仕事を受け、100年後の人々の生活を予想する「2000年には(En l’an 2000)」シリーズを作成しました。
ところが、流通する前にカードの製作会社(Almand Gervais社)が廃業し、これら数十枚の未来予想イラストの大半は当時の人々に鑑賞されることがありませんでした。その後、「ロボット三原則」などで知られるアメリカのSF作家のアイザック・アシモフ(1920-1992)がパリに住んでいるときに、たまたまAlmand Gervais社の在庫品を引き取った骨董屋に出会い、この奇妙な未来予想図を見つけました。彼の著書『FUTUREDAYS』(1986年。日本語訳は『過去カラ来タ未来』として1988年にパーソナルメディアから刊行)でカードが紹介されると、存在が広く知られるようになりました。
ジャン・マルク・コテ画の「空飛ぶ消防士」では、消防士がコウモリのような羽を背に付けて、高層階の窓から火を消したり、赤ん坊の救助をしたりしています。羽は四角いリュックのようなものから出ているので、人力ではなく動力付きの飛行装置なのでしょう。同じく「空の警官」では、自家用飛行機で移動する一般人を取り締まる、人工翼をつけた警察官が描かれています。「田園の郵便配達」では、椅子型の飛行機に乗って手紙を運んでいます。
100年後の現在、プライベートジェットで移動したり趣味で飛行機免許を取得したりする人は稀です。リュックのように背負う動力付きの飛行装置は、今から40年前の1984年ロサンゼルス・オリンピックの開会式で、スタントパイロットのビル・スーター氏が「ロケットベルト」(個人用ジェット推進飛行装置)を使って空中遊泳して披露されました。スーター氏は「ロケットマン」と呼ばれて、開会式の話題をさらいました。
同様の装置は2017年に数社から商業販売され、一般の人も手に取れるようになりました。もっとも、アメリカのジェットパック・アビエーション社は25万ドル、ニュージーランドのマーチン・エアクラフト社は20万ドルで売り出したため、誰でも空を飛べる時代は到来しませんでした。
せっかくなので、空を飛ぶこと以外の未来予想図も現状と比べてみましょう。
チョコレートのおまけ用らしいイラストには、「2012年、わたしたちの子孫は、どのように暮らしているだろう。ボンジュール、我が子よ。ショコラ・ロンバールをインドの飛行機で送ります」と書き添えてあります。
フランスにいる母からアジアに赴任中の息子にテレビ電話をかけると、相手の様子がスクリーンに映し出されます。まさにZoomやスカイプといった現代のオンラインミーティングアプリを指し示しており、予想は大的中しました。
「新流儀の仕立屋」は、客が採寸ロボットの傍らに立つと身体の様々な寸法を測ってくれ、相棒の仕立てロボットに布地を入れると即座にピッタリサイズのスーツを仕上げてくれます。
2017年、衣料通販大手のZOZOは、自宅に送られた計測マーカーのついたボディスーツを身に着け、その姿をスマホで撮影すると肩幅や胸囲などが自動的に測定され、そのままスマホでデータを送るとオーダーメイドスーツを即座に作れる「ZOZOSUIT」のサービスを開始しました。今や、そのままの自分をスマホで撮影するだけで計測してくれる「AI自動画像採寸アプリ」も珍しくなく、ユニクロの「MySize CAMERA」、三越伊勢丹の「Hi TAILOR」など、アパレル業界でも自動採寸系アプリの活用が増えています。「新流儀の仕立屋」のように採寸とほぼ同時にスーツを入手できるまでには至りませんが、予想はほぼ達成されたと言っていいでしょう。
石鹸とブラシが付いている「電気床磨き機」も未来の科学技術として描かれています。ただ、「電気」と言う割には車輪付きの機械を紐で引っ張って動かさなければならず、操作しているのは屋敷の使用人らしき女性です。
今は「お掃除ロボット」が家人の留守中でも自動的に掃除をしてくれますし、家庭では男女が家事を分担する時代になりました。100年前の予想よりも科学技術は進化し、成熟した社会になったと言えるでしょう。
「クジラバス」は、観光船をクジラの下にロープでくくりつけて海中遊覧できるようにした乗り物です。「となりのトトロ」のネコバスはファンタジックでほっこりと感じるのに、クジラバスは動物虐待に見えてしまいます。ただでさえクジラの話題に敏感な現代の欧州の動物愛護団体は、決して許さないでしょう。また、クジラを操縦しているということは、人と動物がコミュニケーションを取れる世の中を予想していたと考えられます。
現代は、オール機械の観光用潜水艇が存在します。2023年には、タイタニック号の残骸を間近で見れるという触れ込みの潜水艇タイタンの事故で、乗員・客員5名が亡くなったことは記憶に新しいでしょう。
「2000年には」シリーズから最後に紹介するのは、「学校にて」という作品です。
教室で先生が必要な教科書を選んで装置に入れると、担当の生徒がハンドルをぐるぐると回します。すると、本から情報が抽出されて、それが電線を伝って直接、ヘッドセットを付けた子どもたちの脳にインストールされます。子どもの記憶を先生が意のままに支配するディストピアを予言するイラストにも見えます。 現在は、小学校でもタブレットやノートPCを使った授業は珍しくなく、記憶定着のため一斉にクイズ形式の問題を解いたり、繰り返し学習したりする方式が用いられることもありますが、幸いイラストのようなおぞましい形では実現していません。
100年前の日本人の未来予想は「義首」の発明
同じ頃、日本でも雑誌に100年後の未来予想が特集されました。
哲学者で国粋主義者の三宅雪嶺が主宰する言論雑誌『日本及日本人』では、1920年(大正9年)の春期増刊号で「百年後の日本」という大特集が組まれました。そこには学者、思想家、文学者、実業家ら当時の知識人たち約370人が回答を寄せ、彼らの言葉をもとに50数枚の挿絵が作成されました。
1920年は、第一次世界大戦(1914-18)の終戦と関東大震災(1923年)の発生に挟まれた、つかの間の平穏期でした。戦中の好景気から反転した「戦後恐慌」が起こったのもこの年です。良い話題では、アントワープ五輪で男子テニスの熊谷一弥選手が日本人初のオリンピックメダル(銀)を獲得し、国民は熱狂しました。
特集「百年後の日本」で予想が当たったものには、「芝居も寄席も居ながらにして観たり聴いたりできる『対面電話』」や「桜の景色を撮影」などがあります。
ここで描かれた「対面電話」は、まさにどこでも動画視聴ができるスマホの予言です。もっとも、添えられたイラストは、明治から昭和初期にかけて活躍した2号共電式壁掛電話機に酷似しています。
「桜の景色を撮影」は、一般人が小型カメラで気軽に風景写真を撮れる時代を予言しています。描かれた「桜を撮影する女性」が手にしているのは、当時最先端のコダックカメラ(Kodak No. 2 Folding Autographic Brownie、1915年発売)に似た、手持ちの蛇腹カメラです。
これらの2つのイラストから分かるのは、機能の向上や普及はほぼ正しく未来予想できても、未来の機器のデザインを妄想するのは難しいということです。
特集では「100年後の女性像」についても多くのページで取り上げられ、「解放された女」「百年後の女代議士」「百年後の交通巡査(女)」といったイラストが並んでいます。 「解放された女」には「女外交官、女腰弁、男は家で洗濯」と注釈があります。腰弁というのは毎日腰に弁当を付けて出勤する人のことで、安月給で働くサラリーマンの暗喩でした。「男は家で洗濯」は主夫を言い表しているのでしょう。
『日本及日本人』は知識人の読む雑誌なので、特集への回答は風刺が効いていたりウィットに富んだりするものが多く、女性の未来像に関しては皮肉を込めたものも少なくないはずです。とはいえ、当時は1919年に平塚らいてうが「婦人参政権運動」と「母性の保護」を要求し、日本初の婦人運動団体である新婦人協会を設立したことが話題となっていたので、そのムーブを敏感に取り入れたことは想像に難くありません。
女性の権利や職業に関する史実を見ると、女性参政権は市川房枝らの尽力で45年に実現し、日本初の女性代議士は46年4月に行われた戦後初の衆議院議員選挙で39名誕生しました。女性警察官の任用も46年からです。日本初の女性外交官の山根敏子は、1950年に外交官及び領事試験に合格しました。いずれも雑誌の予想から、30年以内に達成しています。
続いて、現実が100年前の未来予想を超えたものをチェックしてみましょう。
「空中葬式」のイラストでは、飛行機に乗った僧侶たちが花(あるいは遺灰)を空に撒いています。けれど現実は、1990年代にはアメリカで遺灰や遺骨を専用カプセルに納めて宇宙に打ち上げる「宇宙葬」が始まり、2024年に生きる私たちは空中を超えて宇宙にさえ散骨できます。なお、近年は宇宙葬に対して「スペースデブリ(宇宙ゴミ)の増加につながる」という批判も多いため、請負業者は「打ち上げ後、一定期間が経過すると遺骨は大気圏に再突入して燃焼する」といった対策を講じています。
「世界的大成金の豪遊ぶり」は、当時の予想では、100年後の日本の富豪は飛行船でフランスに行き、エッフェル塔見物を楽しんでいるはずでした。ここで、なぜ乗り物として飛行船が選ばれているかと言うと、1920年頃はドイツでベルリンとフリードリヒスハーフェンを結ぶ定期便飛行船が活躍していたからでしょう。1919年には世界初のベルリンとワイマールを結ぶ定期便旅客機も生まれましたが、客船よりも速く、離着陸に滑走が不要な飛行船は、時代の最先端の交通手段でした。
ところが100年後の世界は、大金持ちは宇宙旅行すらできる時代になりました。ZOZOの創業者の前澤友作氏は、2021年に国際宇宙ステーションに12日滞在しました。宇宙観光旅行を手配したスペース・アドベンチャーズ社のトム・シェリー社長は、前澤氏の支払った費用そのものは明らかにしませんでしたが、「過去の国際宇宙ステーションツアーの旅行代金は、2000万~4000万ドルだった」とCNNの取材に答えています。
一方、現代ではまだ追いついていない未来予想図に「義首の発明」「極端な自然破壊」があります。
義眼や義足ならぬ人工の首ができて、首ごとすげ替えられる時代の到来は、この特集でもトップクラスの大胆な予想です。2024年現在でも、実現するための科学技術に到達するには相当時間がかかりそうですし、そもそも倫理的に開発は行われない可能性が高いでしょう。
もっとも、関連する技術としては、2018年にアメリカのスタートアップ「Nectome」が脳を丸ごと冷凍保存し、将来、コンピューターに脳情報をアップロードできる時代に備えるというサービスを発表しています。費用は1万ドルで、発表直後に数十人が申し込んだそうです。この方法を使えば、他人の脳を自分にインストールすることも可能になるかもしれません。
「極端な自然破壊」では、富士山は切り崩され、琵琶湖は埋め立てられています。
現在の富士山は、2013年の世界文化遺産登録以降、外国人登山者も増加し、オーバーツーリズムが問題となっています。夏季マイカー規制や2024年からの登山者数制限など工夫をこらしていますが、さらなる対策は必須です。
1960年代頃から何度も検討されてきた「富士山登山鉄道」は、麓と五合目、あるいは五合目より先に鉄道を通す構想ですが、環境破壊を懸念する周辺住民による反対運動があります。国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS)は、「富士山登山鉄道は来訪者管理や環境悪化に関する多くの課題を解決する統合的なアプローチとなりうる」と評価しつつも、「多くの利害関係者の支持を得る作業が必要」とする通知を日本政府に送付しています。 琵琶湖には、第二次世界大戦後に琵琶湖大橋、近江大橋の二本の橋が架けられましたが、今のところ大規模な埋め立ての計画はありません。2024年7月に何者かが琵琶湖を無断で埋め立てて道路を作っていたというニュースが記憶に新しいです。
明治時代に「ハイカラ」の言葉を生んだジャーナリストの石川半山は、特集に対して「100年後、飛行機は富士山経由で火星に行く」と回答しています。科学技術の発展のためには多少の自然破壊はやむを得ないと考えるのは、当時の感覚では珍しくありません。むしろ、「極端な自然破壊」をテーマとして取り上げたところに、言論雑誌の先見の明を感じます。
ここまで、フランスと日本で100年前に予想された「2000年頃の未来像」を見てきましたが、現実と答え合わせをすると
・小型家電・情報技術などは予想を超えるスピードで発展した
・医療(義首、脳に直接インストール)はそう簡単ではない
・男女同権、女性の社会進出は早期に達成された
・空は制覇できていない(宇宙開発はそれなりに達成した)
とまとめられるでしょう。
子供雑誌に描かれた50年後の世界
続いて、約50年前に描かれた21世紀の予想図を見てみましょう。
『昭和ちびっこ未来画報 ぼくらの21世紀』(青幻社、2012年)には、「コンピューター学校出現!!」(画:小松崎茂、1969年)が収録されています。
先程の100年前のフランス人が描いた未来予想と比べると、脳に教科書の内容を直接インストールすることはなく、ノートPCのようなもの(当時最先端のIC計算機)を使って授業を受けています。先生の指示はスクリーンに投影されています。今日のコンピューター授業の風景と比べても違和感はありませんが、間違った児童に対して、先生の代わりにロボットが体罰をしているのが「いかにも昭和らしい」と言えるでしょう。
当時は、1949年に最初のノイマン型コンピューターが、真空管3000本を使って登場しています。日本でも電卓がIC化されて、66年に約40万円、69年に10万円で売られるようになった時代ですから、学校で一人一台計算機を使っている、しかも採点できるパソコンのような機能も持っていて遠隔にいる先生がスライドに映されて授業を行う、というのは最先端の未来予想でした。
次に、同じ本から「人間は、じぶんの子どももつくれない!!コンピューターが人間製造」(画:長岡秀三、1969年)というイラストを紹介しましょう。カプセル内で人工生育する胎児の絵面は、多くのSF映画やアニメにも登場します。当時は「コンピューター」が夢の技術のキーワードでした。
現在はiPS細胞から生殖細胞すら作れる時代ですが、実は胎児の人工製造のネックになっているのは受精卵ではなく子宮です。妊娠期間の全期間を通して、母親に代わって胎児を生育させられる人工子宮は、未だに開発されていません。とは言っても、不育症などへの有効活用に期待されるので、FDA(アメリカ食品医薬品局)では2023年にヤギや羊で実験されている人工子宮システムのヒトへの活用について議論を始めました。
「世界大終末 地球大脱出」(画:小松崎茂、1968年)では、飛行機型ロケットに人間以外にも様々な動物の番(つがい)を乗せて、「現代のノアの箱舟」を仕立てて地球脱出を試みています。
1969年といえば、アポロ11号が人類初の月面着陸に成功した年です。前年の68年には映画『2001年宇宙の旅』が日本でも公開され、一般の人々にとって、宇宙がグッと身近になった時代と言えます。
また、ロケットの形に注目すると、このイラストで描かれているものは飛行機型(横長)ですが、現在は縦長が主流です。スペースプレーンと呼ばれる飛行機型のロケットは、航空機のように滑走路のみが必要で、特別な打ち上げ設備を必要としない利点があります。ただし、大気圏から離脱し、再突入できるスペースプレーンは2024年現在、有人ではまだ成功していません。
この本から最後に紹介するのは「事故0(ゼロ)のハイウェー」(画:小松崎茂、1969年)です。高速道路でスピード違反や重量オーバーの車を見つけると、監視ロボットが超音波を浴びせてエンジンを弱め、強制停止させます。ロボットは、ときには違反車を鷲掴みし、高速道路から除去します。
高速道路でのスピード違反取り締まりは、現実では1970年代からORBIS(速度違反自動取締装置)が使われるようになりました。道路脇の巨大ロボットが取り締まるとは、なんとも大胆な予想です。
当時は、東宝のSF特撮映画『地球防衛軍』(1957年)に初の巨大ロボット「モゲラ」が登場し、21世紀の未来を舞台に原子力をエネルギー源として、人とコミュニケーションする少年ロボット・アトムが活躍する手塚治虫の『鉄腕アトム』が漫画(1952-68年)やTVアニメ(第一期:1963-66年)で大人気になっていました。ロボットは人間の役に立ちつつも、人間に罰を与える脅威にもなり得る描写が、時代を反映しています。
EXPO’70で予想されていたインターネット
子供向けの書籍での未来予想は、面白さを強調するあまり大げさになりがちかもしれません。次は、最新の科学を利用して未来の暮らしを豊かにするために日々努力をしている、大手電機メーカーが予想した2020年の世界を覗いてみましょう。
1970年に開催された日本万国博覧会(大阪万博、EXPO’70)は、日本初の国際博覧会でした。いくつかのパビリオンでは、当時の最先端の技術を生活用品に応用した装置を展示したり、将来の科学技術を予言したりしました。
たとえばサンヨー館(三洋電機株式会社提供)では、「明日の生活環境への試み」として、人間洗濯機(ウルトラソニック・バス)、フラワー・キッチン、家庭用インフォメーション・システム、健康カプセルが展示されました。
人間洗濯機は、装置の中で15分間座っているだけで体がきれいになるシステムです。楕円カプセル内の椅子に座ってスイッチを押すと、かけ湯、洗浄、すすぎ、乾燥が自動的に行われます。洗浄にはマッサージボールや超音波を使っていて、血行を良くする効果もありました。人間洗濯機の技術は、同社が2003年に発売した「座ったままで入浴ができる介護用入浴装置」で実用化されました。
フラワー・キッチンは、丸テーブルの中に冷蔵・冷凍庫、電子レンジ、ホットプレート、食器洗い機、食器棚などが配置されており、ボタンを押すだけで必要な装置を手元まで呼び寄せることができるシステムです。同様の装置はまだ見かけませんが、コンパクトにまとまっていて、ほとんど動かずに食事の支度ができる現在のシステムキッチンが、描きたかった未来像かもしれません。
家庭用インフォメーション・システムは、5つのカラーブラウン管にテレビ、ビデオ、テレビ電話、映写機、電子計算機、電波新聞などの機能を呼び出すことができて、家庭にいながらビジネス会議や買い物ができる構造になっていました。このアイディアは、1995年頃にPCの発展とインターネットの普及によって実現しました。
健康カプセルは、多機能で小さなプライベートルームです。球形のカプセルの中に、ベッドにもなる電動リクライニングシート、テレビ、ステレオ、テレビ電話、冷蔵庫、調光装置、空調装置、ミニテーブルなどがセットされていました。日本初のカプセルホテルの開業は79年ですから、カプセルホテルを先取りしているだけでなく、実際よりも盛りだくさんな機能がついた装置でした。
2020年は家庭にプールやヘリコプターが普及?
同じく大阪万博に出展した三菱未来館(三菱グループ提供)のテーマは、「50年後の日本 陸・海・空」。まさに2020年を未来予想するものでした。展示で紹介された未来予想のいくつかを、2024年時点で◯(実現済み)、△(一部実現済み)、×(未実現)に分けてみましょう。
◯ 世界中のテレビ中継が見られる。
◯ 教育の国際的交流が広がり、留学も簡単にできる。
◯ 淡水魚の養殖技術が発達する。
◯ 未来住宅の室内には、壁掛けテレビ、ホーム電子頭脳、電子調整器などが普及する。
△ 人工臓器は健康な体の一部として活躍する。
△ 家事はすべて機械がやるため、主婦は電子チェアに座ってボタンを押すだけとなる。
△ 会社は24時間業務を続けるが、人間の働く時間は1日4時間になる。
△ 肉体労働は完全に姿を消す。
× ガンは克服され、交通事故以外は手術が不必要になる。
× 稲作は減少して、酪農に重点を置く。
× グライダー操作や海底散歩が、一般的で人気のあるスポーツとなる。
× プールや自家用ヘリコプターが一般家庭に普及する。
情報化社会とグローバリゼーションは、ほぼ予想通りに到来しました。しかし、家事やビジネスの完全オートメーション化までは達成できませんでした。
総務省の「令和3年社会生活基本調査」によると、6歳未満の子供を持つ夫婦が家事や育児に費やす「家事関連時間」は、2021年は夫が1時間54分、妻が7時間28分でした。20年前の2001年は夫が48分、妻が7時間41分だったので、夫婦の差は縮小したものの、家電が発達しているわりには家事に費やさなければならない時間はむしろ増えていることが分かります。
医療面では、疾病の根絶にはまだ時間がかかりそうです。さらに、世界的な人口増加や環境の悪化に起因する深刻なタンパク質不足(タンパク質危機)や菜食主義の台頭、酪農の衰退は、50年前には予想されていなかったようです。住居やレジャー環境も、思い描かれていた明るい未来には到達できませんでした。
それでは、子供向け書籍とEXPO’70が予想した50年後の世界の答え合わせをまとめてみましょう。
・小型家電・情報技術などは予想を超えるスピードで発展した
・医療(人工子宮、ガン克服、人工臓器)はそう簡単ではない
・(コロナ禍を機に)働き方改革が進むが、社会でも家庭でも労働時間の短縮は不完全
・空は制覇できていない(宇宙開発も予想よりは遅れ気味)
100年前の予想と現実の比較のときと、傾向はほぼ変わりませんでした。
2060年代の夢の技術
ここまでは100年前、50年前の人たちが、現在をどのように妄想し、どれくらい的中したのかを見てきました。では、今を生きる私たちは、50年後の世界をどのように予想しているのでしょうか。
東京理科大学理工学部の教員は2016年、理工学部50周年記念として「50年後の未来予想図」(「TUSジャーナル202号」に掲載)を作りました。一部を紹介しましょう。
災害対策では、都市には地震エネルギーを吸収する免震プレートが敷かれて、大地震が起きても被害はほとんどなくなります。吸収された地震エネルギーは電気エネルギーに変換され、有効活用されます。地震で揺れず、津波の影響を受けにくい海上都市も建築されます。
さらに、燃えにくい素材が開発され、例え出火しても自然に消火されます。壁や天井を移動できるヤモリスーツが開発され、災害時にはスムーズに避難や救助ができるようになります。
医療面では、家のトイレに尿を分析できるセンサーが取り付けられ、即時に分析され健康チェックができるようになります。結果はオンラインで医療機関にも送られるので、病気の早期発見や経過観察に役立ちます。近赤外線を使った体への影響が少ない新しい画像診断装置も実用化し、人工心臓の小型化高性能化によって装着者は社会復帰や運動もできるようになります。
エネルギー問題を解決するため、世界規模の電力網が結ばれ、太陽光発電や風力発電などの環境負荷の小さい方法で、世界中の国や地域が電力を融通しあえるようになります。家畜や農作物の生産は人工衛星を使って最適化され、生産性が飛躍的に上がります。
引き続き、他の組織が考える未来の「夢の技術」を見てみましょう。
宿泊予約サービス「ホテルズ・ドットコム(Hotels.com)」は、未来学者のジェームズ・カントンと共に「2060年以降のホテル像」を取りまとめました。
未来のホテルでは、宿泊客には自律型ロボットがバトラーとして付いて、送迎やコンシェルジュサービス、料理、清掃、時にはビジネスのアドバイスまで提供します。客室には発展型3Dプリンターが完備され、洋服や電子デバイスを作ったり、ネットショッピングしたものを実物でダウンロードしたりすることも可能です。
DNA解析によって滞在者個人に合わせたアンチエイジング・スパが用意され、ベッドに「見たい夢」を設定できます。ホテルの形態も多様になり、AR(拡張現実)ホテルでは時空を超えた冒険旅行や歴史探訪なども体験できるようになります。
50年後は30億人がサハラ砂漠並みの気候下で暮らす?
一方、約50年後の2070年の地球環境については、悲観的な予想をする専門家も多くいます。
世界疾病負担研究(GBD)のデータを用いたワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)の研究によると、世界人口は2064年の97億3000万人をピークに減少に転じて、2100年まで減少します。国立社会保障・人口問題研究所が2020年の国勢調査結果を基にした将来推計人口によると、日本の人口は8700万人まで減少し、そのうち1割は外国人になる可能性があります。
地球の平均気温は、温暖化のため、現在よりも1.9~3.4℃上昇しています。気温上昇によって、最大の大豆生産国であるブラジルでは収穫量が半減する可能性があります。南極では解氷が進み、世界の海面は2000年代と比べて0.5メートル上昇します。
さらに、オランダのワーゲニンゲン大学のマーテン・シェファー教授らは、「気候変動への対策なしでは、世界人口の3分の1(30億人)は現在のサハラ砂漠と同じくらい暑い地域に住まざるを得なくなる」と警鐘を鳴らします。
もっとも、地球環境に関する予測は悪いものばかりではありません。アメリカ航空宇宙局(NASA)は、世界各国が環境への配慮を続けることで、紫外線増大や地球温暖化の原因となるオゾンホールが破壊前の1980年代の状態に修復されると予想します。日本の二酸化炭素排出量は、この頃までにG7初の実質ゼロを達成すると考えられています。
日本政府公式?の2050年以降の未来予想
未来予想は、政策や国際協力の方向性を決める時にも不可欠な要素です。
総務省は2018年に、出典が確かな未来予想からピックアップして「2050年以降の世界について」という資料を作成しました。
2050年の日本人の平均寿命は男性84.02歳、女性90.40歳になり、65歳以上の割合は39.1%です。日本の総人口は1億人を割り込みます。脳にチップを埋め込んで無線通信する世界で、記憶を消せるようになります。富裕層は、子供の遺伝子を選択することも可能です。
AIの知性は2045年頃には人類を上回り、2050年には人間とAIを搭載したロボットの結婚も起こり得ます。2060年頃にはDNA情報を用いたモバイル決裁が行われ、高速3Dプリンティング技術の普及で、国際貿易が75%に縮減します。2062年には最初のクローン人間が誕生します。
この資料では医療に関する言及はありませんが、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの名誉教授であるデービッド・テイラー博士は、2050年までに80歳未満のがん死亡者がいなくなると研究報告書に記述しています。京都大学がん免疫総合研究センター長でノーベル生理学医学賞を受賞した本庶佑博士は「2050年までに、ほとんどのがんが免疫療法で治療できるようにする」と目標を掲げています。
また、宇宙開発については、NTTデータ経営研究所が2050年の宇宙ビジネスの世界市場を200兆円規模と試算しています。政府は2011年に「日米欧を含む11カ国(地域)の宇宙研究機関によって、2050年までに火星の有人探査を実現する」と目標を掲げましたが、後ろ倒しになりそうです。
50年後に人類が生き残るために「妄想」しよう
この先の50年は、これまでの100年と同様に、家電製品や情報通信の分野では目覚ましい発展を遂げ、生活環境は向上するでしょう。けれど、地球環境や人口の予測も含めると、明るい未来とは簡単には言い難いようです。医療分野ではがんの克服が期待されますが、クローン人間のような生殖医療や再生医療は生命倫理問題をはらみ、一筋縄ではいかなそうです。次世代クリーンエネルギーの開発や宇宙開発は、現時点で10年前の計画から遅れていますが、スピードアップすることはできるでしょうか。
さらに、50年後には人間の知性を超えたAIが人類の脅威となります。物理学者でAI兵器に詳しい作家のルイス・A・デルモンテは、「2070年には、AIが人間のあらゆる認知能力を超え、全能兵器が現れる」と予測しています。そうでなくても、人間より賢くなったAIは、各方面で人の存在意義を失わせるでしょう。2070年までの50年間は、「人類がAIに支配されずにいかに生き延びるか」を考えるための大切な時間になりそうです。
アシモフは『FUTUREDAYS』のまえがきで、「自分の運命を知りたいという欲求は、人類全体に何が起きるかを予測したいという欲求と密接に絡みあってきた」と書いています。あなたは自分の、そして地球の未来をどのように予測するでしょうか。人類が存在価値を得るためには、常識や効率を超える「妄想力」がカギとなるかもしれません。
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