※本パートは、週刊ラブアップル(津社出版)で行われた対談記事「妄想と正鵠」から抜粋したものです。
業界屈指の”妄想屋”の二人が考える、妄想の世界とは
現代人にとってあまり良い印象のない”妄想”という言葉
幼少期から色んな事を妄想して生きてきた二人だから語れる、妄想の世界とは…
佳折 妄想という言葉には「明らかな反証があるのにそれを無視する」的なネガティブなニュアンスを含んでいて、類義語の「空想」とかよりも、その人の潜在的な願望とか、強い信念が込められていている気がします。その点では割と好きな言葉なんですよね、人間臭さがあって。
もののけ 妄想屋…(笑)佳折さんの言う通り、本来の言葉の意味を考えたら嬉しくない響きですよね。ローがそう呼んできたらすぐ船降ります。まあ子供のころからとにかく色んな妄想をしてきて、それが今の仕事に繋がってるのは事実なんですけどね。妄想屋というよりは、妄想具現屋とか、妄想出力屋とかそんなんで行きましょう。
佳折 妄想出力屋(笑)なんかエンタの神様のキャッチコピーみたいになっちゃってますよ。
もののけ いやいや佳折さんだって妄想出力屋ですよ。我々のような創作を行う者はその宿命を背負っているので逃げないで下さい(笑)。芸術家、ミュージシャン、小説家、お笑い芸人…そういう言葉がいらなくなる日も近いかもしれません。
佳折 もののけさんってそういう意味ではそれ以外の肩書きは何になるんですか?
もののけ 肩書きはたくさんありますよ。面白妖怪辞典、ユーモア百鬼夜行、妖怪道中笑栗毛とか…
佳折 ありがとうございます、もう結構です。ちょっと話を戻しますが、我々妄想出力屋という職業の仕事は、言い換えれば「自分が思い描いた世界をなんらかの形にする」ということになると思うんですが、もののけさんのコントの作る時「こういう世界だったらいいな」のようなことを考えて作っているのでしょうか。
もののけ そうですね。基本的に「こういう奴いたらいいな」「こういうとち狂った世界なら面白いな」というのが発想のスタートになっています。「訪問販売で象売ってる人」「私情持ち込みOKの裁判」とかは、微妙に違う世界線だからこそ嫌に現実味があって、その具合を楽しんで欲しいと思って作っています。
佳折 「深夜のラジオを聴き続けて放送委員になった奴」が私も大好きなんですが、あれなんてまさに妄想の塊だと思います。視聴者は全員大人なのでなんとなく大部分の人が思っている「あの頃は良かった…」「戻りたい」という妄想が形になっているんですよね。「今戻れるなら俺もこういう放送委員になりたい」とか「こういう学校だったら楽しめたのに」とか、全員が自分の経験に当てはめて感情移入していくという、創作として理想の構造になっていて凄いんですよあれは。
もののけ そうなんだ…。あ、いえ。佳折さんの言う通り、それを狙いました。ちなみにあれは中学校の設定でしたが、私の中学時代はめちゃくちゃ”暗黒”という感じだったので、その反動で生まれたのかもしれません。佳折さんの仰った「今戻れるなら…」というのもそうで、未だに中学校の時の夢を見るんですよね。私が一番やり直したい時期なんだと思います。あの時の無力だった自分を経て、それを克服した今の自分があの放送委員を生み出したのでしょうね。
佳折 もののけさんにもそんな時代があったんですね…。私も中学時代はいじめられっ子だったので、あの動画がめちゃくちゃ刺さってしまいました。しかもあの動画の凄いところは、中学時代が輝いていた人も楽しめるという点なんですよね。あの放送委員は全てを語るわけではないので、それ以外の情報は勝手に脳内で補完していく。校舎も放送室も、放送委員の顔だって妄想で埋める。その体験が、多感な時期だった自分とリンクしてのめり込んでいくんです。おそらく、あれを聴いて「何か始めよう!」と思い立った人はこの世にたくさんいると思いますよ(笑)。
もののけ 確かに、現役の中高生から「もののけさんに憧れて校内放送でラジオやることになりました!」というDMを何件も貰いましたね。私としては「いや…あれはフィクションだから…」と思いましたが、結構好評だったケースもあるらしく、彼らの思い出に花を添えられたのかと思うと誇らしい限りです。
佳折 妄想を形にするという点でも、あの動画は大成功と言えますね。
もののけ 佳折さんの書く詩も、いつも凄いなぁと感心しています。 ネットの掲示板で歌詞の考察スレが大盛り上がりしているのをいつも楽しんでいます。
佳折 そんなとこまで見ていただいているんですか(笑)ありがとうございます。今は切り抜きでバズることもしばしばありますから、何気ないフレーズ、言い回しが思いのほか反響を生んだりして困惑しています。
もののけ 以前Xで「男は鏡を買わないし 女に死体は運べない」という歌詞が炎上気味にバズっていてめちゃくちゃ笑ってしまいました。
佳折 あれは事故です(笑)最初はユーモアの文脈でバズっていきましたけど、次第に厳しい方々の目に留まるようになって賛否が大きく分かれてしまいましたね。
もののけ 佳折さんが突然攻めた言葉選びする時ってたまにありますけど、そのたび、特に新規のファンがびっくりするという現象が起きてる印象です。特に「Kernel」なんてあまりの路線変更具合に、既存のファンもめちゃくちゃ困惑してましたよね。私も当時、歌詞から感じた印象と、最近出たMVが全くイメージと違ってかなり衝撃だった覚えがあります。面白くない言い方をすれば「高熱の時に見る夢」という感じがしました。
佳折 なんで面白くない言い方するんですか(笑)ただ、まさに今回の対談のお話を頂いた時、真っ先に浮かんだのは「Kernel」だったので嬉しいです。
もののけ 歌詞を見た感じ荒野を旅しているイメージだったので、全体的にエレクトロな雰囲気で意外でしたね。最初の方にある「風を知らない魚の群れ」って歌詞、なんの比喩なんだろうな~と気になってMVみたら、ヒヨコが殻を破ってもまた殻があって全然外に出られないみたいなシーンで尖り過ぎだろと思った記憶があります。
佳折 MVの演出は全て僕が考えているのですが、「Kernel」に関しては特にメンバーに「理解不能」と言われ続けた問題作でもあります(笑)。
もののけ 佳折さんが書く歌詞って毎回かなり比喩的で、直接的な表現をしない印象です。ただ毎回一個決まった大きなテーマがあって、それさえ分かれば数珠つなぎ的に理解が進んでいって解釈が面白いんですよね。「Kernel」は、旅人が「君」に会うために旅をしていて、その道中海や光の差し込む大地を見た、という感じの歌詞でしたが、私はこの旅の正体は”佳折さんの抱える苦悩”じゃないかなと思いました。冒頭の「隻語の雨」が印象的で、全体を通して「重箱の隅」「記憶の梁」「五識の尾根」とか、まさにこの歌、隻語のオンパレードなんですよね。雨は暗いイメージがありますから、それが長く激しく降り続いているというのは「佳折さんが詩に向き合う時の葛藤」を表しているのかなって。ZAXX.LOの「Umpire」の中に「利己 知己 克己 已己巳己のスープをどうぞ」っていう歌詞がありましたけど、あれもまさに隻語の雨ですよね(笑)
※「Kernel」の歌詞
{
遠くの空に 手を触れて
歩みを進む 甘い息を呑み
広野に降るのは 長く激しい隻語の雨
まだ見ぬ海は 馬脚を露わに
雲の先から 重箱の隅を
探して回る 風を知らない魚の群れ
屹つ楼閣の 根は深く伸び
まばゆいパルスが 木々を燃やした
影を導け 君のところへ
大地に差し込む イリヤの光
意識をすり抜け 記憶の梁へ
連綿と響く 潮騒の音
彼方の鐘が 鼓膜を揺する
日向は満ちて 苦い臍を嚙む
賢人の示す 高く険しい五識の尾根
広く忙しない野を抜けて
帆を新たに 渡守が客を待つ
影を誘え 君のところへ
天を突き破る アルゴの方舟
意識の網は 遥か遠くへ
地に足がつく 温もりは確かに
}
精神の檻を越え 自我は種を落とす
蠟の羽が溶ける 絵画の庭は遠く
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