これは妄想ではなく、現実である。
先日、ツイッター(現:X)のDMでやりとりをしていた長崎県在住の方が東京に来るというので、夕食をご一緒した。話していると、彼女は「いい人ですね」と言いながら涙を浮かべていた。お互いに少し戸惑いながら、顔を見合わせたが、とにかく自然と心が動いたことは確かだった。
彼女は長崎生まれ長崎育ちで、いま医療系の職につきながら、全国で上演される歌舞伎を追い掛けている、熱心な歌舞伎ファンである。ぼくがツイッターで夢を教えて欲しいとツイートした際にまっさきにメッセージを送ってくれたのが、彼女だった。ただし、それは歌舞伎とはまた別の意外な夢だ。
将来、長崎に自分のギャラリーを開きたい。しかもそのギャラリーで開きたいのは頓珍漢人形の展示だという。頓珍漢人形をどれだけの方がご存知だろうか。それは終戦後の長崎で、久保田馨という男が作り続けた奇妙な姿をした人形で、数は三十万点に及ぶとされる。久保田の亡くなった1970年の大阪万博で建てられた岡本太郎の太陽にも似たその人形について、彼自身は原水爆が作られつづける限り、作りつづけると書き残している。ぼくは以前、長崎を訪れた際に長崎市歴史民俗資料館に展示されている数百体の頓珍漢人形と出会い、驚嘆し、この人形について書いたことがあった。
彼女はぼくとまったく同じように資料館で偶然に頓珍漢人形と出会った。同じように驚き、この奇妙な人形について調べているなかで、ぼくの文章を見つけて読んでくれていたのだ。そして、夢を明かしてくれた。すぐに一緒に頓珍漢人形の面白さを世に伝える企画を考えたいと思い、直接、電話もして年内を目標に小さな冊子を作ることにしてみた。目次と内容を決めて、とりあえず走り出せる状況までは整えた上で、まずは頓珍漢人形との出会いをまとめたエッセイと変わった造形の謎に迫るために典型作のイラストをいくつかかいてくださいとお願いした。
それから2か月して、彼女が東京に展覧会を見にくるというので、直接会うことになった。六本木の静かな喫茶店で、ピザを食べながら話していると、彼女は泣いていた。心の中は分からないけれど、そのときにぼくが話していたことが、まさにいま彼女と出会っていることと完全に重なっていたからだと思う。ぼくはこんなことを話していた。
ぼくは大学院の一年生になった2017年から学芸員として働いている2024年に至るまで、約7年間、ツイッターを主な舞台として、さまざまな企画をしてきた。それは全国の美術館の常設展をレビューするメディア「これぽーと」の立ち上げ、アートについてリアルタイムで時評する番組「アート・ジャーナリズムの夜(現:みなみしまの芸術時評)」など、ぼくの専門とする美術に関係するしっかりとしたものもあれば、ツイッターで誰でも参加可で募集して、韓国・ソウルアートツアーを企画し、実際に7名現地集合して、三泊四日の旅をしたこともあった。ほかには自宅を引っ越す際には本棚の写真を公開して、希望者に本を直接手渡しで、無期限で貸し出すヴァーチャルなライブラリーも企画して、合計すると100冊ほどをいまも貸し出した状態にある。またもっと軽やかなものとして、DMで誰からのどんな相談でも受け付ける相談会や電話での相談会、その時々でタイミングのあったひとと直接会って話す会など、美術とは無関係で、かつ利益を生み出すとも思えない雑多で周辺的にも思える活動を日々のライフワークのように行ってきた。
ぼくは美術の仕事もそれ以外の活動もまったく同じ水準で重要であり、かつ高いモチベーションを感じられるものとして続けている。批評を執筆することも、レクチャーをすることも、メッセージで見知らぬひとの相談に答えることにも、同じ労力をかけているのだ。そうしてあらゆる言葉の届く空間をリアルにもヴァーチャルにも、美術とそれ以外の分野にも押し広げていくことが、トータルな意味でぼくが言葉を使って生きていくための指針になると思っている。
とりわけ、ぼくのツイッターでの活動に共通しているのは、ひとと出会うということである。自分の好みや利益から選りすぐりせず、ひとと出会い語る、という非常にシンプルなことだ。でも、それが本当はツイッターを含めたインターネットではできるはずで、そこで出会った人が安心して穏やかな気持ちになったり、勢い余って何かを始めるきっかけになったりする、そんな場をどんな時でも作りたいと思って活動をつづけてきた。
六本木の喫茶店で、そのときに起きたこともそうである。ぼくと彼女がお互いに目の前に姿を現して、言葉を交わしている。彼女自身も言っていたけれど、彼女はひとの言葉をまっすぐ受け取ることができるひとだった。ぼくの言葉もそのまま聞いてくれたのだと思う。涙が全てではないけれど、数時間のなかでたしかに何かが通じたと思える現実を共有できた。長崎に戻ったあと、彼女から頓珍漢人形との出会いを綴った文章が送られてきた。
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